私が不動禅少林寺流拳法に入門して実感するのは、技の奥深さと説法の重要さです。今は亡き三十二世御宗家霊雲臥龍先生を師とする伊藤博龍先生の門下生として、私は六歳で入門しました。
不動禅少林寺流拳法は肉体の鍛錬、技の習得、様々な場面での対処方などは勿論の事、精神面での修養に重きを置いた説法などの教えがあります。現在、新聞テレビなどで世間を騒がせている事件の多くは、自己の利の為だけを考えた結果だと思います。
人間が人間として生きて行く限り、社会のルールを守り踏まえて行動する事が大切です。つまり天地自然の真理の体験者として多くの人と接触し、明日の安らぎと喜びを願って互いに助け合い、人として生を受けた以上人間固有の智慧を磨き上げる事です。
いかに個人の精神、理性ある自己統制が大事な事か。幸、不幸は自己の心の育て方、使い方にある事を改めて考え直す時代に来ているのではないでしょうか。このような世相にこそ不動禅少林寺流拳法の精神、技と説法(自己にとらわれず広い視野で物を捉える事、物事の裏を見極める事のできる精神を養うなど)という武道の真髄を広めることが必要なのではないでしょうか。
武道の修行とは精神的にも自分自身を乗り越え、自分自身に勝つ事、自分との戦いであると考えています。 合 掌
